shizukana tori’s diary 

花をみて空をみる

344 無ければいいのかは

今日はとても暑くなるらしいが

もうすでに、そうなる雰囲気が

ある朝である。



昨日、家族と雑談していて

最近、読んだ小説の中で

トラウマや過去の辛い記憶を

消すことができるとして

それを全て消すことは、本当に

いいことなのか、というような

文章があって、自分なら

どう思うか、などと色々と

話していた。


多くの人が、人生のなかで

消したくても、消せない

時々、思い出して辛くなって

しまうことというのはあると

思う。私も十代の頃の辛い

思い出を未だに、定期的に

思い出すのだが、この思い出が

なければ、違う人生だった

のかとか、もっと楽に

物事を考えることができたのか

とか思うのだが、実際は

過去に戻って訂正できるわけでは

ないので、真偽は一生分からない。


結局、今の自分は今の

この人生にいかに折り合いを

つけられるか、受け入れられて

いるか、ということが重要に

なってくるのだろう。



そう考えると、「今」という時は

常に変化しているわけで、その時々で

自分の置かれている状況、体調

回りの環境なども、同様に

変わってくる。だから、今は

受け入れられても、それが

来年は違うかもしれないし

三年後は逆に受け入れられて

いるかもしれないし、本当に

分からない。ただ、現実の

今の状態というのは、かなり

影響してくることは、ここまで

書いてきて、なんとなく

分かってきた。


しかし、その思い出したくない

ことを思い出してしまうことは

程度の変化はあるとしても

無くすことはできなさそう

である。



よく、過去は変えられないが

未来は変えられる、という

ありふれたフレーズを耳にするが

本当は、過去を変えたいのである。。

先のことは考えていない。。

とにかく、あの思い出すたびに

辛いあの思い出さえなければ、と

なっているのだから。


昨日の時点では、過去の辛い

記憶も自分を構成している

一部なので、消さずに共存

していくことが、いいと

思えたが、今朝になって

こうして、書いてみると

やっぱり、辛い記憶なんて

無ければ無いほうが

いいではないかと思ってきた。。

難しく考えないで、何事も

楽観的に捉えられたら、どんなに

いいだろうと。。


なかなか、すぐに結論が

出る問題ではないことは分かった。

正論とかではなく、本当に

これからの自分はどう思うのか

時間をかけて検証していこう

と思う。








冷房をこまめに、今日も一日。