shizukana tori’s diary 

花をみて空をみる

441 合っているはず

気づいたらこんなになって

いたんだ、ということがあり

驚いていたのだが、年月が

経っているのだから、当たり前

だと言い聞かせた。。

 

年を重ねるということは

そういうことを、あらゆる

場面で認めて受け入れていく

ことなんだろう。

難しいことだが。。

 

喪失を喪失とは考えず

ピンチをチャンスにと

すぐに切り替えられたら

どんなに楽だろうとも

思うが、私には到底できそう

もない。今まで色々あった

けれど、どれもショックな

出来事はなかなか忘れ

られなかった。残念ながら。。

 

ただ、忘れることが全てでは

ないということは、だんだん

理解できるようになった。

自分を形成している一部

だと少しは思えるようになった。

それでもないほうが良かった

ことは山ほどあるが。。

 

20年前の辛かった思い出を

思い出して、あの頃よりは

今のほうが、やっぱりまし

だと思った。それは時代が

どうとか、自分がどうとか

ではなく、若いエネルギーが

ある時の苦痛な感情というのは

人間をやっていくうえで

一番きついのだと思う。

20代は楽しいことと同じくらい

辛いことがあったということを

40を過ぎてみて感じる。

どれもこれも、ありあまる

エネルギーでそういう風に

なってしまうのだから、親なり

他の誰かが何か言ったところで

素直に聞けるわけもない。

それも、今だから理解できる。

全ては過ぎてみて、それから

10年とか、特に変化のない

日常が経って、ようやく分かる

ようになるという感じなんだと

思う。そして、結局何もない

けれど、平穏な今の日々は

やはり自分が選んで、そうして

いるのだと気づくというか。

なるべく楽しくいたいけれど

楽しいということ自体に

体力や苦労があってはじめて

得られるようになっているの

だから、本当にうまくできている

と思う。

 

少し退屈だけど、それは

「合っている」ということ

間違っていないのだと

思って生きていこう。。

 

 

 

 

気楽に、今日も一日。